湯灌とは?必要性と地域・宗派による違いについて
葬儀における湯灌は、故人の身体を清めるために行われる伝統的な儀式です。 しかし、湯灌は必ず行わなければならないものなのでしょうか。 ここでは、湯灌の必要性や地域・宗派によって違いがあるのかについて解説していきます。

葬儀における湯灌は、故人の身体を清めるために行われる伝統的な儀式です。 しかし、湯灌は必ず行わなければならないものなのでしょうか。 ここでは、湯灌の必要性や地域・宗派によって違いがあるのかについて解説していきます。

湯灌とは、故人の身体を洗って清める儀式であり、尊厳を保った状態で来世へ旅立てるように行われています。 遺族や参列者が、故人を最後まできれいな姿で送り出したいという思いで行うほか、遺族の心を整理することにも役立てられています。 かつての日本では、遺族や親族が中心となって湯灌を行っていましたが、現在は葬儀社や湯灌専門のスタッフ(湯灌師)が納棺の前に葬儀会館や自宅などで実施することが多いです。 湯灌は、今でも伝統的な儀式とされているのですが、必ずしも行わなければならないわけではありません。 都市部や核家族などの葬儀においては、時間や衛生面の理由から、湯灌の代わりにタオルやガーゼで身体を拭く清拭が行われた後、死化粧をして身だしなみを整えるケースも多く見られます。
湯灌の儀式は、古代インドから日本へ伝わり、平安時代には現代に通じる湯灌の形が作られました。 江戸時代には全国各地で行われるようになり、「湯灌に使用した水は床の下に捨てる」「湯灌をする際は柄杓を左手で持つ」といった地域ごとの独自の作法や習慣も存在していました。 現代では、エンバーミングの施術文化の広まりがあり、それを施される場合は湯灌を省略されることがあります。 また、ホスピスなどで看取りをされ、最期までご遺体のケアを行われており状態が良い時には、行われない場合もあります。 死を穢れとする基本的な考え方の神道式や、故人が転生する前の清めの儀式として、また浄土への旅立ちの仕度という仏教の考え方では、湯灌の必要性が高いとされます。 一方で、キリスト教(カトリック・プロテスタント)では、宗教的に身を清めるという考え方がないため、儀式として必要性を問われることはありません。 何れにしても、ご遺族・ご親族の故人に対する想いにより、湯灌をされることが多くあります。
湯灌は、既述の通り基本的に葬儀社や湯灌師などが行うことが多いですが、その場合に遺族が立ち会うことも可能です。 故人が裸になる場合があるため、プライバシー保護の観点から、原則として遺族や親族など近しい人物のみが立ち会います。 湯灌は、お通夜を営まれる前の大切な儀式になりますので、出来得るのであれば近親者の方は集合され、参加していただくことが望ましいでしょう。 また、お子様の立ち合いも儀礼文化の伝承という観点からも、大変有意義なものと考えられています。 立ち会われる際の服装は、特に定めはありません。 平服(略喪服)でも差し支えありませんが、黒・グレー・紺などといった落ち着いた色のスーツやワンピースが無難です。 また、通夜まであまり時間がない場合は、喪服で立ち会うこともできます。
湯灌は、故人の身体と魂を清め、来世への旅を整える伝統的な儀式です。 地域や宗派によって必要性が異なることもありますが、遺族の意向で執り行うこともできます。 近親者は出来得る限り集合し、湯灌へ参加していただき、故人を安らかに送り出して差し上げましょう。